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第一話 「祈り、働け」×「アグリコラ」 #1 ローゼン谷の修道院 夕暮れの強い風に乗って、老いた伝書鳩は快調に羽ばたいていった。 ローゼン谷修道院の鐘楼は山の麓に建てられた教会施設の中でも一際背が高く、そこに併設された鳩小屋からは谷の家々が一望できた。  ローゼン谷は豊かな村である。収穫は乱れず、飢えを知らず、子供の声が絶えない。 そんな微笑ましい村を、ウヴェルト修道士は険しい顔のまま見下ろしていた。しかし不意な強風に背中を突かれると、すごすごと鐘楼に引返す。 修道院の背後は二つの切り立った山に囲まれており、施設より山側に建物はなく、住む者もいない。唯一そちらへ延びるのは人ひとり通るのがやっとの畦道で、山腹にある家畜用の牧草地へと繋がっている。夕刻になると、この山から海へと吹き抜ける風が強くなる。 「山風め。寒くてたまらん。」  ウヴェルト修道士は鐘楼の階段を駆け足で降りると、約束の場所へ急いだ。  修道院の文書館は施設内のやや奥まった所にある。日中は多くの修道士が出入りするため賑やかだが、五点鐘(18時30分頃)を回ると途端に人が絶え、どこか薄気味悪い雰囲気を纏う。 「入りなさい。」  ウヴェルト修道士が文書館長室の扉を叩くと、既に到着していたフェラーラ僧院長とアデルモ修道士が出迎えた。文書館長室はその広さ電力会社ドイツマップ五十枚分程の質素な部屋で、立派な書斎机と壁に掛けられた院内地図を除けば取り立てて特徴のない部屋である。三人が揃ってからしばらく経つと、再び扉を叩く音がした。
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 扉を叩いた男は返事も待たず部屋に入って来る。背丈は人の並み程度、体はそれほど大きくないが、引き締まった筋肉はジャブのボックスアートを想わせる。深くローブに隠された頭部から、眼光だけがこちらを覗いている。 「よく来た。イノリ・ハタラケ。」  僧院長の言葉を無視して部屋の中央まで進むと、イノリは突然中腰の姿勢になって微動だにしなくなった。 ― 空気椅子だ! ―  驚くアデルモ修道士とウヴェルト修道士を尻目に、僧院長は話を続ける。 「こちらは文書館館長のアデルモ修道士と、家畜番のウヴェルト修道士だ。」 「用件を言え。」  慎重に話を進めようとする僧院長に対し、イノリは面倒くさそうに座っている。しかも空気に! 「うむ。では細かい説明は省こう。実は君に守ってもらいたいものがある。」 「もの?」 「そうだ。このローゼン谷が平和な生活を送るのに欠かせないモノ。我が修道院が数世紀に渡って守り使い続けてきた秘宝だ。」 「見せてくれ。」 僧院長が目配せすると、アデルモ修道士は書斎机の袖から布包みを取り出した。手の平ほどの大きさである。僧院長はそれを受け取るともったいぶる様な仕草で机の上に置き、布から中身を取り出した。 ・・・・・ それは多角形型をした二枚の円盤であった。 淵にはイノリの知らない記号が並び、中央には小ぶりな羽が付いている。 解せない顔のイノリを無視して、僧院長は話を続けた。 「収穫リングだ。」 #2 泥沼からの刺客 へ続く 2012年5月13日 次元図書館館長室にて原稿を確認。 館長助手ベン・フォードによる編集。