第二話
「祈り、働け」×「アグリコラ」 #2
泥沼からの刺客
ベルグ村は農夫一人一人がユニークな職業を持つことで知られている。
いわば農業職人の里だ。BGGレーティングで常に上位に位置していることもあり、昨今では家族連れを中心に観光地としても人気がある。愛人が家長の妻を奪う昼ドラ「家族を増やす~部屋が無くてもよい~」の舞台にもなった。
そのように豊かなベルグ村であるから、村民のほとんどは立派な石の家に住んでいる。しかしそんな中で、未だに木の家に住む貧しい男がいる。
―沼田亜久里。
青年時代の亜久里は体格よく頭も切れ、将来を有望視される男だった。皮肉なことに、周囲の強すぎる期待が彼の好奇心と野心を後押ししてしまい、その人生を異なるものにした。
亜久里はあらゆる職業に興味を持ち、その全ての手業を手に入れようとした。木材で家を造り、レンガを食用にする技術も身につけた。最初のうち、それはうまくいっているように見えた。旅の奇術師が彼に目を付けるまでは。
奇術師は亜久里を甘い言葉で誘惑した。この男の弟子になれば大した苦労をすることもなく、何十倍もの速さであらゆる技術を身に着けることが出来る。亜久里は奇術師と共に村を去った。
そんな彼が村に戻ったのは、五年ほど後の収穫期だった。
目から若さが失せ、痩せ細ってもいたが、村人は彼を暖かく迎えた。体力が回復したところで仕事も与えた。しかし彼は、どんな仕事も上手くこなせなかった。かつては親方に匹敵する腕に達していた大工仕事でさえ、満足にできなかった。
そのことを問いただす者はいなかったが、やがて村人も彼を持て余すようになる。
結局、亜久里は〈レンガ運び〉という単純な肉体労働職に落ち着いた。
ただでも物価の高いベルグ村では〈レンガ運び〉だけで食べていくには苦しかった。亜久里は嫁も取れず、二部屋しかない木の家で羊と一緒に暮らしている。
そんな生活であるから、亜久里は村長の申し出を躊躇なく引き受けた。
村長の話はおおよそ次のようなことだ。
既にベルグ村は十分に力のある村だが、この国にはもう一つ有名な観光地がある。
ローゼン谷の修道院とその集落である。ローゼン谷はベルグ村ほど優秀な職人を抱えているわけではない。にも拘わらず、修道士たちの導きのもと様々な工芸品と食料品を産出し、繁栄している。
これには何か秘密がある筈である。その秘密さえわかれば、ベルグ村は世界に比類のない町になる。そう考えた村長は修道院に密偵を送り込み、ある秘宝によってそれが成されていることを知った。
亜久里の仕事は、その秘宝を盗み出すことである。
秘宝とは二枚の円盤であり、普段は修道院内の文書館で厳重に保管されているという。何故、欲深な村長はこの難しい仕事に亜久里を選んだのか。それは、もし失敗した場合でも切り捨てやすい人物であることもさることながら、ベルグ村では村長のみが知る《亜久里の秘密》があるからだ。亜久里自身、そのことは十分承知している・・・。
そんなわけで今、亜久里は修道院裏手の山腹から、院内への侵入を阻む高い壁を見下ろしている。
修道院を歪な幾何学状に囲む壁には、正門を含めて三つの出入り口があるが、夜になるとその全てが固く閉ざされてしまう。
彼はそうした出入り口のひとつ、山側にある家畜用の出入り口まで来ると、その扉が内側から固い錠で閉じられていることを確認した。上に伸びる壁はよじ登るには高すぎる。
さて・・・。
ひと呼吸の後、亜久里はチュニックに取り付けた小さなポケットをまさぐった。
「手札は七枚。」
そうつぶやいたこの男の眼には、いつかの奇術師と同じ、怪しげな精気が宿っていた。
#3 亜久里のブランクカード へ続く